お嬢さま至上主義

とあるポンコツギャルゲーマーの日常です

一人ぼっちじゃないはずなのに 私は寂しくないはずなのに

兜一家の仲良し365日

3/12『パパのスーツ』

 

麗らかな昼下がり、瑠璃ちゃんにおやつを食べさせている間に、甲児くんのスーツの手入れをするカイザーさん

鼻歌を歌いながらブラシをかけていると、おやつのホットケーキを食べ終えた瑠璃ちゃんがとことこと近寄ってきて、じーっと作業を見守り出した

「るぅちゃんもやってみる?」と何気なくブラシを差し出すカイザーさんに、ふるふると首を横に振った瑠璃ちゃんは、「るぅ、そのおよーふく、きらい」とポツリ呟く

どこか寂しそうな瑠璃ちゃんの様子に、カイザーさんは手入れの手を止めるとその場にしゃがみ、瑠璃ちゃんと目線を合わせながら「どうして?」と優しく聞いた

「…ままは、そのおよーふく、すき?」と、質問に質問で返してきた瑠璃ちゃんに、まずはきちんと答えてあげようと「うん、好きだよ。これを着てお仕事に行くパパは、とってもかっこいいと思うの。お仕事ってね、大変なんだよ。それでもパパは毎日、るぅちゃんやお兄ちゃんや、シローくんのために、頑張ってくれてるの。頑張るパパは、とってもかっこいいよね」と笑う

すると瑠璃ちゃんは、今度はぶんぶんと勢いよく首を横に振り、「るぅは、おしごとにいくぱぱ、やだ!いっしょにあそんでくれるぱぱがいい!」と大声で言い、それから「…そのおよーふくきると、ぱぱ、いなくなっちゃうから…だから、そのおよーふく、きらいなの」と、不貞腐れたようにそっぽを向いてしまった

そっか…と頷いたカイザーさんは、瑠璃ちゃんをそっと抱き締めた

「…そんなことがあったんだよ」と、その晩、お風呂で甲児くんの背中を流しながら娘との一件を話すカイザーさんに、甲児くんは「なるほどなぁ…」と唸って天を仰いだ

お湯で泡を洗い流した甲児くんの広い背中にぺたりとくっついたカイザーさんが「いつか瑠璃ちゃんにも、頑張るパパのこと、かっこいいって尊敬してもらいたいな」とぼやくので、その頭を撫でながら「ま、瑠璃もいつまでも子どもじゃないし、いつかはわかってくれるさ」と、まるで自分自身に言い聞かせるかのような口ぶりで慰める甲児くんなのだった

 

 

 

FUTA・ANE⑦

~若葉攻略中(二周目)・8/4

 

※ネタバレあり

 

 

 

相変わらず、思ったように攻略が進んでおりませんわ…

毎日毎日、片付けても片付けても雑事が湧いてきますわ…なぜですの…

 

さておき

 

若葉さまのもう一つのエンディングを見るため、今度は若葉さま寄りの選択肢を選んでいるのですが、これなら極力ふたあねとの絡みも排除し、若葉さまに集中できるはずですわ!…と思っていたのですが

 

 

相も変わらず、心の中に住まわせているふたあねの存在感に振り回されておりますわ~!

家庭環境やら生育環境やらを考慮に入れると、やむを得ないのかもしれませんが、それにしたってほんっと優柔不断な奴ですわ~!

 

ネタバレ(も何もないような、薄めたカルピスのごときシナリオですが…)を踏まないように気を付けながら、他のお嬢さま方の感想を漁っておりましたら、大体皆さま主人公のうだうだっぷりにはイライラなさっていて、同士よ…と安心しておりますわ

やっぱりムカつきますわよね、こいつ

初恋(恐らくですが)を諦めたくない気持ちも理解できますけど、マタンキがついていらっしゃるのでしたら、もっとお覚悟のほどを見せていただきたいものですわ

 

ところで少年漫画の主人公には「憧れ型」と「共感型」の二種類がいる、と小耳に挟んだことがありますわ

といっても、だいぶ昔のことですから、今は新しい型が発見・創造されているのかもしれませんが

どのようなキャラ造形かは、読んで字のごとく…ですので、詳しく説明するまでもないと思うのですけども、エロゲーにおいては圧倒的に「共感型」が多いのではないかと思うんですのよね

熱血厨二バトルモノやハードボイルド路線なんかですと、明らかにかっこいい「憧れ型」をイメージしているような主人公が稀にいらっしゃいますが、その方たちにしたって非の打ち所がない完璧超人などではなく、どこか隙があるというか、情けない一面もお持ちだったりと、共感しやすい部分をわざと用意されているように思いますわ

エロゲーは、やはりその性質上、主人公とプレイヤーをリンクさせる作りが主流だと思うんですのよね

現実世界にはちょっといないようなかわいくて、ナイスバディで、こんな何の取り柄もない自分のような人間を心から好きになってくれる稀有な美少女と、イチャイチャパラダイスの限りを尽くす…大半とは言えないまでも、半数以上の作品における主人公を取り巻く人間関係は、このフォーマットに則っているのではないでしょうか

(残る半数は主人公とヒロインの関係性にはあまり比重を置かない凌辱モノであり、その他のジャンルは隙間産業レベルだと思いますわ)

となれば、必然的に「共感型」の主人公の需要が高まる…これは自明の理ですわね

わたくしはどうしたって生物学上は女で、思考回路もそのようにできておりますから、なかなかエロゲーの主人公と自分を重ねてウハウハ体験ができずに悔しい思いをしておりまして、そういう人間からすると第三者の視点で物語を楽しむしかなく、あんまりダメダメな主人公には「もっとしっかりしてくださいまし!」なんてお尻を引っ叩きたくもなるんですけども、それはまあ、別のお話ですわ

で、この「共感型」主人公の持つ役割としましては、ヒロインから無条件の愛を注がれることによる自己肯定感の高まりがある…のではないか、なんて、ふと思ったりしましたの

特に顔がいいわけでもなく、成績が上位というわけでもなく、運動神経がいいわけでもなく、ウィットに富んだ会話ができるわけでもなければ、エッチのテクニックがすごいわけでもない…ただ人よりスケベなだけのどこにでもいるような自分でも、好きになってくれる人がいる…そういう認識は、巡り巡って自己肯定に繋がるんじゃないか、ということですわ

突き詰めれば自分の価値なんて、自分が認めていればそれで生きていけますからね

もちろん社会的な成功を収めようと思えば他者からの評価が高いに越したことはありませんけど、極論、生きてるだけでハッピーと思えれば、他に何もなくとも何とかなるもんですわ

そして、PCの画面の中にいる女の子はただのデータであって、他者ではありませんわ

ただのデータから受け取った感情や刺激や心理的なあれやこれやをひっくるめて、それらをどう処理するかは画面の前にいるわたくしたちに任されている…そうは思いませんこと??

彼女たちに愛されることで自らを肯定されたような気持になれるということは、それすなわち、あなた自身があなたというかけがえのない存在を肯定していることと同義ではないのかしら…とまあ、そんなことを徒然と考えてみましたの

要はエロゲーのヒロインというのは、自己肯定感を擬人化したものなのあり、そのようなヒロインとお似合いなのは、他でもない「共感型」の主人公なのですわ

 

…で、結論として何が言いたいのかと申しますと、この主人公は「共感型」にしても割とヤベェってことですわ~!

「共感型」ってぐらいなんですから、もっと共感できるような人間にしてくださいまし~!